大谷翔平選手が、また一つ球界の偉大な伝説に肩を並べました。2026年4月18日(日本時間19日)、敵地でのロッキーズ戦に「1番・指名打者」で出場した大谷選手は、9回2死一塁という土壇場で巡ってきた第5打席において、値千金の右前打を放ちました。これにより、連続試合出塁記録を「50」の大台に乗せ、ドジャースの球団歴代3位タイという快挙を成し遂げています。
この「50」という数字は、かつてヤンキースなどで活躍した“野球の神様”ベーブ・ルースが1923年に樹立した自己最長記録に並ぶものです。また、1900年から1901年にかけてウィリー・キーラーがマークした球団記録にも並び、メジャーの歴史に深くその名を刻む形となりました。序盤の打席では凡退や打撃妨害での出塁が続き、記録更新が危ぶまれる場面もありましたが、最終打席で見せる驚異的な勝負強さは、まさにスターの証明と言えるでしょう。
試合は初回にタッカーの2ランで先制したものの、中盤以降の継投が振るわず3対4での逆転負けを喫しました。これによりドジャースの連勝は「4」でストップしましたが、敗戦の中でも大谷選手の記録達成は大きな光となりました。歴史を塗り替え続ける大谷選手が、ルースの記録をどこまで追い越し、次にどの未踏の領域へ足を踏み入れるのか、世界中のファンの熱い視線が注がれています。
ネット上の声5選
- 最後の打席で回ってくる運と、そこで確実にヒットを打つ実力。まさに持っている男。
- チームが負けたのは残念だが、ベーブ・ルースに並ぶ50試合連続出塁は歴史的な瞬間だ。
- 打撃妨害などで記録が途切れるかと思ったが、自らのバットで決める姿に痺れた。
- 100年以上前のレジェンドと現代の大谷が同じ土俵で語られるのは、野球ファンとして最高の喜び。
- 出塁し続ける難しさは異常。体調管理とメンタルの強さが規格外であることを物語っている。
(※引用ではなく、Web上で目立った論調・感想をまとめたものです)
ルース の豆知識 5選
- 二刀流の先駆者:ベーブ・ルースはキャリアの初期、ボストン・レッドソックスの投手として活躍していました。1916年には23勝を挙げ、最優秀防御率も獲得しています。打者に転向してからも、その二刀流のルーツが彼の卓越した野球センスの基盤となっていました。
- バンビーノの呪い:1919年オフ、レッドソックスはルースをヤンキースへトレードしました。その後、ヤンキースが黄金時代を築いたのに対し、レッドソックスは86年間ワールドシリーズ優勝から遠ざかり、この不運は「バンビーノの呪い」として伝説になりました。
- 驚異のバット重量:ルースは現役時代、非常に重いバットを使用していたことで知られています。現在主流のバットは約850~900グラムですが、彼は最大で1.5キログラム(54オンス)を超えるバットを振り回し、圧倒的な飛距離を生み出していました。
- ホームラン王の称号:1927年に放ったシーズン60本塁打は、当時としては驚異的な数字でした。一時期は「ルース一人で他球団のチーム合計本塁打数を上回る」という信じられない現象も起きており、近代野球の形を決定づけた打者と言えます。
- 本名はジョージ・ハーマン・ルース:「ベーブ」は愛称であり、英語で「赤ちゃん」や「坊や」を意味します。マイナーリーグ時代、監督に可愛がられていた様子からチームメイトにそう呼ばれるようになったのがきっかけで、本名よりも広く世界に知れ渡りました。


